「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、竹取物語のことを指した源氏物語のなかにあることばです。私たちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるこのまち月夜野に、たくさんの物語を育てていきます。2016年、月夜野が日本百名月に登録されたことを機に、みなかみ〈月〉の会を結成しました。

カテゴリ:こころの月百景 > 月夜野百八燈

IMG_3159


「月夜のこころ百景」の中でもお気に入りのひとつ

他人はおそろし、やみ夜はこわい
親と月夜はいつもよい


これは子守唄として歌われているものらしいのですが、
正確な出典はわからないまま使用していました。

子守唄の中でもこの表現から想像されるように、
これは親が子に対して唄うものではなく
やや年長の子ども自身が、幼い子を背負いながらうたっているものです。

年でいえば十二、三歳といったところでしょうか。

姉が妹や弟を背負うこともあったでしょうが、
「親と月夜はいつもよい」という表現は
むしろ幼くして奉公などに他所に出された子どもが
他人の子供をあやしながら親もとに早く帰りたい、
家に帰りたいとの寂しい心持ちを吐露してうたっているものです。

きっと多くは子どもの即興で
様々なバリエーションでうたわれていたことでしょう。


この歌が広く全国に知られるようになったのは、
おそらく下の写真、柳田國男『火の昔』の中の冒頭
「やみと月夜」で取り上げられたことによるのではないでしょうか。

IMG_6326

本書が出たのは昭和18年
本土空襲が本格化するのは翌年末からですが、

闇と明かりの歴史を語る本書は、
灯火管制が強まる時期に、闇夜の怖さや
学童疎開が増える時期にひとしお
当時の人々に深く受け入れられたことと思います。

現在は、写真と同じ角川文庫で新装丁のものが出ています。




でも原曲の全歌詞はどうなっているのかと検索してみたら
なんと・・・・



今朝の寒さに 親なら子なら 行くな戻れと ゆてくりょに
 他人おそろし 闇夜はこわい 親と月夜は いつもよい
 おどんが死んだら 誰が泣いてくりょか 前の松山 蝉が鳴く
 蝉じゃござらぬ 妹でござる 妹泣くなよ 気にかかる
 おどんがごたってにゃ もの言うな名言うな 情けかくるな 袖ひくな
 情けかくっちゅうて 籾のぬかかけて さまの情けは かゆござる
 こんな所に なぜ来たしらぬ 親が行くなと 止めたのに
 親はどこかと 豆腐にきけば 親は畑に 豆でおる
 おどんが父さんな 桶屋でござる 朝はとんとことんとこ 輪をたたく
 ねんねした子に 香箱七つ 起きて泣く子に 石七つ
 あの子にくらし わし見て笑う わしも見てやろ 笑てやろ
 あの子偉そに 白足袋はいて 耳のうろに あかためて
 山でこわいのは さるとりいばら 里でこわいのは 守りの口
 おどんが憎けりゃ 野山で殺せ 親にそのわけ 言うて殺せ
 おどんがこの村に 一年とおれば 丸木柱に 角がたつ
 丸木柱に 角がたつよりも 早くいとまが 出ればよい
 おどんがおればこそ こん村がもむる おどんが行ったあとで 花がさす
 花は咲いても ろくな花はさかん 手足かかじる いげの花


  四浦春山の子守唄です。
全国的にうたわれている「五木の子守唄」はこの唄が原曲となっていると言われています。
(ねんねこ通信79号 より
http://komoriuta.cside.com/nenneko/nekoview.cgi?mode=V&num=82

 



「五木の子守唄」の原曲がとても深い悲しみに満ちたものと聞いてはいましたが、
この詩を見てしまうと、悲しいイメージばかりが
とても重くのしかかってきますね。

それだけに闇が深ければふかいほど、
ほのかな明かりに感じるあたたかさが際立ちます。



余談ながら「さるとりいばら」って、よく服にからみつく厄介なものですが、
そんなに怖いものなのでしょうか。



IMG_0135
 


行灯がこの仕様に決まるまでは、ほぼ1年をかけて試行錯誤を重ねてきました。

20160618_150437

 


最初は、本来のロウソクの明かりから始めたのですが、野外に放置する都合、

 
 

LED照明などの人口の明かりに変えざるをえませんでした。

          



 
昨年のホタルの季節には、蛍月亭を中心に設置しました。

20160623_170213
蛍月亭へ固定


 

その時は、蛍への明かりの影響がないようにとLEDロウソクを明かりに使いました。

  

しかし、それではやや明るさ不足で、様々なランタンの類を探し試してみて、

現在のLEDランタンにたどり着きました。


ところがそれも市販の製品のままでは、明かりが白すぎて暖かみに欠けるので、オレンジ色の蛍光マーカーで色を塗ることにしました。
 

さらにホタルの鑑賞期間は梅雨時でもあるため、雨の対策も試行錯誤を繰り返しました。

20160625_155352



20160625_180619
初めは、雨が降るたびに行灯にレジ袋をかぶせたりしていました(笑)



 雨の心配があるたびにこのようなことをしていたのでは、
あまりにも手間のかかることなので、

①、厚手の和紙で作成した絵柄デザイン部分をパウチ加工しました。

②、行灯の取っ手部分に傘として屋根を取り付けることにしました。



IMG_4043

この屋根がすべての行灯の数だけ用意できたのは、2017年6月のホタル鑑賞の時からです。

これも、行灯の仕様自体がその都度、試行錯誤を重ねてきたため、取っ手の形などすべてが同じになっていないので、その固定方法も面倒ですが形状の違いに応じて複数の仕様でつくりました。 



IMG_3714
月夜野橋歩道の手すりへ直接縛り付けて固定




IMG_2923
固定用の柱を作成して台の部分にビス止め


DSCF9128

その他細かいことはたくさんあるのですが、まだまだ風雨への耐久性、ロケーションに応じた固定方法など試行錯誤を繰り返していかなければなりません。

太陽=昼の文化に仄かな明かりの夜の文化が対等な地位を取り戻すには、まだまだたくさんの積みかさねを要することなので、こうした仕様やノウハウは、どんどん公開して、積極的に盗んでいただけるものはどんどん利用していただけたらと思います。
 

まだ市販の行灯では野外の使用にも耐えられるような納得のいくものはないので、それだけの手間をかけてでも私たちは改良を重ねてつくり続けていくことが不可欠なのです。

今後も改良を重ね、随時こちらに書き加えていくことにします。 

 

 


ホタルの里の「月夜野百八燈」は、7月2日(日)まで
7時〜9時頃の間、
矢瀬親水公園上から月夜野郷土資料館前までの区間点灯しています。

月夜野百八燈 タテ 改訂
 



其子等に捕へられむと母が魂(たま)蛍と成りて夜を来たるらし  
窪田空穂



30




山の端のほのめくよひの月かげに
     光もうすくとぶ螢かな
          道元




IMG_3168



      
音もせで思ひにもゆる蛍こそなく虫よりもあはれなりけれ
                       源重之




IMG_3170
 
  

       蛍火の今宵の闇の美しき   高浜虚子




IMG_3104
 

IMG_3168


これまでは経済の時代でしたが、これからは哲学、心理学、倫理学の時代になると言われます。

確かにその通りに違いありませんが、私たちの住む月夜野では◯◯学と言っているうちは、人に伝わるものではないと考え、「物語のいでき始めのおや」と題してこの土地の物語を少しずつ育てながら書き始めているところです。

それは「哲学」や「心理学」、「倫理学」と並ぶような「文学」ではなくて、そこに暮らす人びとの日常の「ものがたり」として語られることを目指したものです。



    学問は尻からぬけるほたる哉    蕪村


蛍

「月夜野百八燈」の行灯の明るさも、そうした「ものがたり」を生みそだてるために、白色系の明かりではなく、暖色系の仄かな明かりで「月」と「蛍」が主役になる環境を目指したものです。 

「月夜野百八燈」設置10日目にして、初めて行灯の補修を行いました。

IMG_3170


よく雨風に耐えてくれていると思っていましたが、 初期に作成した行灯は木工ボンドの接着のみの部分があり、湿度、気温、日差しなどの変化にさらされると、当然傷むことが予想されていました。

点灯時に気付いたので、出直して工具を持ってきて2、3台補修をしました。

IMG_3168

 

昨夜は飲み会が盛り上がってしまい、行灯の消灯が午前零時をまわってしまいました。


IMG_3104



するとこの場所にもホタルが一匹、す〜と飛んでいました。


零時をまわると、まわりの駐車場の明かりなども消え、車の通りもほとんどありません。


そんな夜の闇は、先の東京オリンピックのころまでは当たり前のようにあった世界です。


普通の家のなかにまで、す〜とホタルが入ってくるまちを取り戻すこと、

それは決して夢物語ではありません。



       すっと来て袖に入たる蛍哉

                           杉 風

IMG_3106
 

ホタル舞うの季節の「月夜野百八燈」

みなかみ〈月〉の会の企画で、みなかみまちづくり協議会月夜野支部で昨年から制作したものを、今年度から矢瀬親水公園上から月夜野郷土資料館前までの区間の歩道フェンスへの設置許可をいただき、ホタルの季節と仲秋の名月の時期に展示します。


DSCF9137


15日に50台だけ設置が終わりました。
まだ30台残ってますが、とりあえずの形はできました。

月夜野のホタルの季節の間の6月15日(木)から7月2日(日)までの期間、展示します。
明かりの点灯は、夜7時から9時半ころまでの時間を予定しています。

DSCF9128



ほのかな明かりのもと、

おばあちゃんが孫の手をひいて、

ぽっくらぽっくらホタルと月のまちを楽む姿、

そんな光景をイメージしてはじめました。

IMG_3096

昨年1年間の試行錯誤を経て、ようやく納得のいく設置スタイルを得ることができました。

ここからホタルの観賞地域までは少し歩くことになりますが、
これによって6月24日(土)矢瀬親水公園で行われる「月夜野ホタル観賞の夕べ」で、
シャトルバスを利用する人が少しでも減らすことができればとも思います。


行燈には「月」と「蛍」にかかわる短歌や俳句、川柳などが書かれているので、
ひとつひとつ見ながらゆっくりと楽しんでいただければ幸いです。

IMG_3104





     かたまるや散るや蛍の川の上    夏目漱石

  
これは行灯には入っていませんが、漱石も子規のとなりに居ただけあって
なかなか良い句を出していますね。

36
 



昔の明かりは、ほとんど夜の暮らしには不十分なレベルでした。


IMG_1102


だからこそ、そこには本物の夜、当たり前の夜がありました。

 
 

IMG_2206


確かに闇を明るく照らすことは、豊かさの象徴であったといえます。

でも現代の明かりを半分に減らすことで、心身の豊かさは、確実に増すことができます。


月夜野百八燈 タテ 改訂

 





IMG_1362




行燈を月の夜にせんほとゝきす

                 嵐雪



IMG_4630



幸田露伴『評釈芭蕉七部集』の中の「炭俵」よりの句です。

露伴の評釈は以下のように続いてます。

後には室内に置ける燈を行燈といふやうになりたれども、
此頃は猶字のごとく提げて歩くものをしか言へるにて、
行燈の暗き夜なるより、
古く月に縁有るほとゝぎすのことを云出して、
一句の趣向を立てたるなり。



IMG_1266


「月夜野百八燈」のデザインコンセプトに間違いはなかった。

「月夜野百景」
http://www.tsukiyono100.com/moon

月夜野百八燈 タテ 改訂


茂左衛門地蔵尊、初詣期間のうち2日の夜まての間、月夜野橋に行灯を飾ってます。

IMG_0926

冬の強風対策で、光源をロウソクからLEDランタンに変えたら、白色系の明かりになってしまった分、
今度は行灯らしさがちょっとなくなってしまいました。

でも行燈の月の歌などの文字は、明かりがついても読みやすくなりました。

少しでも読んでくれる人がいたら嬉しい。

IMG_0924

明かりを今度、オレンジ色マジックで塗ってみようか。

まだまだ試行錯誤がつづきます。

IMG_0920
 
設置を終えたら、ちょうど西の空に三日月が沈むところでした。

IMG_4514


 みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。

このページのトップヘ