「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、竹取物語のことを指した源氏物語のなかにあることばです。私たちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるこのまち月夜野に、たくさんの物語を育てていきます。2016年、月夜野が日本百名月に登録されたことを機に、みなかみ〈月〉の会を結成しました。

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朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに

  吉野の里に 降れる白雪



                  坂上是則   百人一首 古今集一九三



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                      ふたつの耳がずいぶん尖って見えます。


西暦では11月に入り、霜月。

今朝は暦どおり田んぼには霜が降りてました。

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旧暦、月暦で今日は九月(長月)の十三夜にあたります。

中秋の名月をみたら、のちの十三夜もみないと片見月になるとされ
江戸時代ころからその習慣が広く普及しだしたようです。

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月とのかかわり自体は古来、縄文の昔からあったことと思いますが、お月見の習慣は中国から伝来し、十五夜のお月見が文献のうえであらわれるのは平安時代村上天皇の御代。

対する十三夜の習慣は日本独自のものといわれ、宇多上皇の創始ともいわれます。

その根拠とされるのが、わが月夜野の三峰神社にも所縁のある凡河内躬恒の『躬恒集』にみえる以下の記事です。


清涼殿の南のつまに、みかは水ながれいでたり。その前栽にささら河あり、延喜十九年九月十三日に賀せしめ 給ふ。題に月にのりてささら水をもてあそぶ。詩歌心にまかす。

     もも敷の大宮ながら八十島を見るここちする秋のよのつき



ほかに鎌倉時代『吾妻鏡』にも十三夜の歌会の記述などがあるようですが、現在の民間で行われるような十三夜がみられるようになったのは、江戸時代になってからのようです。

『和漢三才図会』に

 九月十三夜 按、俗八月十五夜煮芋食、称芋名月。今夜煮葵豆食、称豆名月。

とあるように、十三夜を豆名月と呼んでいます。

もともとは、豆も栗も芋も八月十五日の供物でしたが、収穫のうえでは早すぎて値が高く、十三夜に枝豆や栗を用いるようになったのではともいわれます。

また俗には、吉原の遊女たちが十五夜に来た客に対して、来月の十三夜もまた来てくれないと片見月になるので縁起がわるいと営業トークネタに使ったことが普及のきっかけになったともいわれます。


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そんな十三夜を題材にした作品としては、樋口一葉の『十三夜』が有名ですが、他に藤沢周平も短編で取り上げています。


昨年、みなかみ月の会結成記念講演会で篠笛演奏してくれた朝倉さんから、是非、この藤沢周平の作品朗読のバックで演奏したいとの話をいただき、先月のことですが、名胡桃城址で沼田市在住の真庭さんとのコラボレーションで実現することができました。


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名胡桃城址の東端、ささ郭にて、ちょうど月をバックに最高のロケーションで朗読されました。


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当初、独特の世界をもつ時代小説を屋外のオープンスペースで朗読することなど、
聞き手を引き込むのはとても難しいことと思われましたが、
真庭さん、見事に読み込んでくれました。



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「十三夜」は、この『日暮れ竹河岸』文春文庫に収録されてます。




片見月にならないよう、また名胡桃城址へ行きたいところですが、
やはりこう寒くては、そう簡単にゆっくりとおつな気分にひたるというわけにもいきません。

今年は、庭からの眺めでごめんさい。

今日は旧暦の五節供のひとつ、「重陽の節供」。

五節句とは、奇数(陽)が重なると陰になるとして、それを避けるために
(避邪)の行事を行う

最初の節句は1月1日といきたいところですが、元日は別格とし、
7日の人日(じんじつ)がみんなが年をとるお祝いの日

3月3日がひな祭りで女の子のお祝い

5月5日が端午の節句で男の子のお祝い

7月7日が七夕で、男女のご縁のお祝い

最大の陽数「9」が重なるおめでたい日で、不老長寿や繁栄を祈願しました。

「菊の節供」「栗の節供」とも呼ばれ、菊づくしで祝い、栗ごはんを楽しんだりします。

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一昨日、谷川岳、上州武尊は初冠雪

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写真は26日(木)


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このところ雨の日が続き、久しぶりの快晴でした。

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27日(金)


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10月26日 七日月 月齢6.1

もう明後日土曜は上弦の月になります。

名胡桃城址・お月見報告 A3 - ポスター用

今回の企画中、なかなかうまいタイミングで来場者へ月の解説をすることができず、もどかしさを感じていました。
それでもようやく、終盤のあいにく雲で月の見れない日になって、じっくりとお話しをする機会をもつことができるようになりました。

そんな貴重なお客さんとの出会いのなかでも、最終日に沼田から来ていただいたご夫婦と過ごさせていただいた時間は、私にとって格別なものでした。

それは、そのご夫婦とゆっくりと名胡桃城址を歩き始めて間もなくのことです。

ご主人が、二の丸の土塁を見て
「ホタルがいる」
といったのです。

え?
と思いながら、じっと土塁の草むらを見つめると、
確かに、小さな明かりがかすかに見えます。

これは、本当にホタルの光だろうか、
と半分疑いながら目をこらすと、
数十センチ離れたところでもまた光っているのが見えました。

確かにこの光り方はホタルです。

次第に目が慣れてくると、
あちらにも、こちらにも、
光が見えてきます。

それは、暗闇をただ歩いているだけでは気づかないような
とても小さな光です。

思わぬ発見の興奮と
その光がとても小さいこともあり、
ひたすら三人で感激するあまり、
写真撮影にはとても気がまわりませんでした。


ホタルは日本に40種類以上いるそうです。

幼虫が水中でくらすのはゲンジボタルとヘイケボタルくらいで、


他の種類の幼虫はみな陸棲です。

調べてみると秋のホタルというと、クロマドボタルの幼虫かと思われます。


名胡桃城址へ月を見に来て、

まさかホタルにも出会えるとは思いもよらないことでした。

その時は、三人でただひたすら興奮するばかりでしたが、

後になってから、まさに私が目指していた世界がそこにあったことに気づき

思わず胸にこみ上げてくるものがありました。



「月」と「蛍」と「行燈」の仄かな明かりを通じて

夜は生命(いのち)のゆりかご

ほのかな明かりが

まちをつくる

暮らしをかえる

というメッセージがそこに完璧に実現していたからです。


月夜野百八燈 改訂


今回の企画ではいろいろ詰めきれず不十分な点がありましたが、

この企画そのものは、おかげさまで間違いなくいけると強い確信をもつことができました。


そして、何よりも、この小さな光を見つけてくれたご主人に感謝です。

それと用意していた月ネタを次々と私の中から引き出してくれた奥様に心から感謝です。
 

 

名胡桃城址・お月見報告 A3 - ポスター用


おかげさまで、本日をもって名胡桃城址でのお月見期間が終了いたしました。

残念ながら昨日、今日と雲がかかり、

お月さまはほとんど見ることができませんでした。

こんな日に暗闇の名胡桃城址へ来てくれる人などいないものと思い、

明日の片付け作業の準備でもしていようかと思っていたのですが、

なんと今日も何組かの方が来てくださいました。

雲の切れ間のなく、ほぼ見れないことが確実だったので、

わざわざ来てくださった方には本当に申し訳ないと思いましたが、

こんな日にこそ、「無月」のことをお話ししようと思いました。


昔から人々は月が見れないこのような日であっても

それを「無月」として人々はいろいろと楽しんでいます。



この「無月」には、3つの意味の使われ方があります。


その第一は、文字どおり月がないことで、新月などの日に

天文的に月が見えないときのことです。


第二は、実際には月があっても、雲がかかったり

雨の日であったり月を地上で見ることができない日のことです。


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そして第三の「無月」は、天文学上、月が出ているかどうかではなく、

それを見る私たちの側が、

月を見ようとしなかったり、出ていてもそれが目に入らなかったり、

こちらの身体的制約があって見えなかったりする場合の「無月」です。



今日、沼田から来られたご夫婦は、とても熱心に月への興味を持たれていたので、

ようやくこの話題をお話しすることができました。



月は、日々、満ちたり欠けたり

雲に隠れたり現れたり、常に姿を変えますが、

月そのものの実体は、いつでもまん丸であることに変わりはありません。

それが三日月に見えたり、半月や満月に見えたりするのは、

こちらの側の太陽との位置関係、立ち位置によって変わることで、

月そのものの実体は、いついかなる時でも「まん丸」です。



得てして、月が欠けたり見えなかったりする事が

相手の変化として見えるものですが、

相手に文句を言う前に、自分の側の立ち位置がそう見せているのであり、

自ら立ち位置を変えれば、月(相手)の姿は、

いつでもまん丸である事に気付けるのです。

たとえ相手が厚い雲に覆われていても、

月そのものの実体は、今も満月です。



そんなお話しを熱心なご夫婦とじっくり色々お話しする事が出来て、

まさにこの企画を通じて実現したかったものが、

理想の形で実ったような気もします。


その時々で一見、姿、かたちが変わって見える相手であっても、

こちら側の立ち位置や時こそが常に特殊な条件下にあることに気づけば、

相手の側は常にまん丸であること

これからも忘れずにいたいものです。



今回の企画は、とても大勢のボランティア参加の皆さんと

関係機関の協力、資材の提供を得て実現することができただけでなく、

伝えたいメッセージを届けるには、このようなスタイルでこそ、

確実に伝えられるのだと確信することができました。 


やっぱり、この町は

ツキと運だけで十分勝負していける。感謝。 

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