「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、竹取物語のことを指した源氏物語のなかにあることばです。私たちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるこのまち月夜野に、たくさんの物語を育てていきます。2016年、月夜野が日本百名月に登録されたことを機に、みなかみ〈月〉の会を結成しました。

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Tさんから突然電話がかかってきました。

先日の会議のこととばかり思ったら、月のことを教えて欲しいとのことでした。

きっとこの月を見てのことだったのでしょう。

上弦・下弦の月の違い、月と太陽の関係などの一通りの話になり、
そうしたことはお渡ししたリーフレットに・・・と言いかけましたが、
やはり言葉による説明に勝るものはないようです。


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あしびきの 山より出づる 月待つと

                人には言ひて 妹待つ吾を


                                                 万  巻十二 - 3002 


(3002と3276の違いがわかりません。)
 

夏の土用、丑の日にウナギを食べると夏バテ防止になるといわれます。

そもそもウナギの旬は晩秋から初冬にかけてで、夏のこの季節にはあまり味がのっていないので売れ行きが悪かったそうです。

その季節の売り上げをなんとか伸ばすアイデアとして平賀源内が、丑の日の「う」にかけて土用の丑の日に鰻を食べると夏バテしないというキャッチコピーがヒットし、現代にまで受け継がれているわけです。

ウナギで商売している皆さん、どれだけ平賀源内のお墓にお参りしているでしょうかね(笑)


私は、鰻の旬が晩秋から初冬にかけてであることすら知りませんでしたが、
ただでさえその生態の謎が多く、資源の枯渇も心配されてるウナギです。

旬でもない時期に無理に食べるなど、ずいぶん野暮なことを粋がってしているものです。

もっとも、脂ぎったウナギを焼いてさらにタレをかけて食べるわけですから、素材の違いなどあまり気にするほどのことではないのかもしれません。




ところが日本には、この夏の土用の丑の日に、ウナギではなくカワニナを食べる習慣が先にあったことを知りました。



カワニナは、地域によってはニラ・ニナ・ミナなどとも呼ばれており、
野本寛一『栃と餅』(岩波書店)のなかに以下のような例が紹介されています。

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① 夏の土用の丑の日にニラ(カワニナ)を捕り、味噌汁に入れて食べた。
 ニラは腹薬になると伝えられた。  (広島県比婆郡比和町森脇・熊原富枝・大正一四年生まれ)

②夏の土用の丑の日の夕方ニナを捕り、塩茹でにして食べた。
 腹薬になると伝えられた。 (広島県比婆郡西城町油木・藤綱■・大正二年生まれ)

③ 土用の丑の日にはニラを味噌汁に入れて食べた。
 ニラは肝臓の薬になると伝えられた。
            (広島県双三郡君田村東君入・平岡義雄・大正一一年生まれ)
 なお同地の寺藤貴楽(大正十四年生まれ)家では、先祖が、ニラ・タニシの食絶ちをして
 願かけをしたことがあるのでニラ・タニシは食べないという。

土用の丑の日の前日夕方ニナを捕り、一晩水につけアカ出し(泥出し)をし、
 翌朝味噌汁に入れて食べた。
 これをニナ汁と称し、夏負けの薬になると伝えた。
        (岡山県川上郡備中町志藤・芳賀恒治・大正一五年生まれ)

⑤夏の土用の丑の日にカワニナを捕り、味噌汁に入れて食べた。
        (岡山県阿哲郡上郷町志油野・普門秀男・昭和四年生まれ)

⑥夏の土用にミナを捕り、味噌汁にして食べた。
 夏負けを防ぐ薬だと伝えた。
        (島根県川上郡備中町志藤・芳賀恒治・大正一五年生まれ)

⑦「土用ニナ」と称して夏の土用にニナを味噌汁にして食べた。
  ハラワタまで食べると胃の薬になると伝えた。
        
(島根県飯石郡三刀屋町粟谷・板垣正一・大正六年生まれ) 



 私たちのいる月夜野で今は、カワニナはもっぱらホタルの餌としてしか話題になりませんが、日本の農村の食生活の中でカワニナはタニシなどとともに、ささやかなタンパク源として貴重な食べ物であったようです。

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それを土用の丑の日に鰻と同じく食べている習俗があるのを聞くと、ホタルも相当スタミナをつけないと、お尻を光らせることはできないのだろうかなどと思えてきます。 

そればかりか、そもそも土用の丑の日にウナギを食べることの方が、平賀源内のこじつけアイデアに過ぎず、ウナギ本来の旬の季節に対応した食べ方ではないだけに、むしろこのカワニナを食べることの方が、ずっと歴史も古く立派な根拠のある習慣であるといえそうです。


そうです、土用の丑の日にはウナギを食べるよりも、カワニナを食べた方が、ずっと理にかなっているのです。

そうすれば、きっと私たちのお尻も輝き始め、輝くことはなくともキュートな形を増し、女性を惹きつける魅力となるに違いありません。

いえいえ、ホタルの里として知られる月夜野こそが、土用の丑の日にはウナギではなく、カワニナを食べるようにならなければなりません。

ホタルだけでなく、人間もたくさん食べているから地域がこんなに元気になるのだと(笑) 




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もともとタニシは、田の主(ぬし)ともいわれるように、カワニナやドジョウなどとともに田んぼ周辺を代表する生き物であったわけですから、ホタルの幻想的な光にばかり注目せずに、その餌となる周辺の生き物たちが一体となって私たちの暮らしの環境を支えていたことに、これを機にもう少し思いをめぐらせてみたいものです。


   (以上、「かみつけ岩坊の数奇、隙き、大好き」より転載)

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太陽が夏は高く冬は低い位置を移動するのとは逆に、
月は夏は低く、冬は高いのだということを知りませんでした。

その低い位置を移動するためにこの時期の月は赤く見えるとのこと。

それで今日の月はストロベリームーンともいうそうですが、
どこがストロベリーだ!と突っ込みたくなるほど
冴え冴えとした月が出ました。

というのも、午後は曇り空で月を見るのは諦めていたところに、
夕方から激しい雷雨。
その雨が上がった澄んだ空だから、こんな月になったのでしょうか。 

蛍といえば
「源氏物語」のこの場面。





蛍の光では、ほんのかすかにしか見えなかったが、姫君がすらりとした格好で、物に寄りかかっていらした容姿の美しかったのを、もっともっと見たくお思いになって、全く源氏の思わく通り、宮のお心に沁みこんだのだった。



蛍兵部卿宮
鳴く声も聞えぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆる物かは

   鳴く声も聞こえない蛍の光だって、人が消そうとしても、消える物ではありません。
   まして音に泣くわたしの思いの火は、どうして消すことができましょうか。




わたしの心がお分かりになりましたか
とお申し上げになる。
こうした場合の御返歌をあれこれ考え廻して手間取るのも、素直でないように思われるから、早いだけを取りえにして



声はせで身をのみ焦す蛍こそいふよりまさる思ひなるらめ

    声を出さないで身を焦がしてばかりいる蛍の方が、あなた様のように、声に出しておっしゃるよりも、
   もっと切ない思いなのでしょう



例えばこんな風に、わざと何でもないように申し上げて、御自身は奥の方に引込んでおしまいになったので、いかにもよそよそしくお扱いになるのがつらいと、宮は随分お恨み申しあげなさる。 



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台風が去り、今日は一気に気温が上がりそうです。

長野や群馬は、高い山に囲まれているため、海上で勢力を増す台風も急激に衰えてしまうようですが、
久しぶりに十分な雨を降らせてくれる良い台風でした。

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この時期の台風なら、比較的まだ農作物への被害は少なくて済みます。 

村雲すこし有るもよし、無きもよし、(樋口一葉)

「月夜のこころ百景 66番」

樋口一葉「月の夜」という短編からの一節で、この後に
「みがき立てたるやうの月のかげに尺八の音聞こえたる、」  と続きます。

そのうちに地元では、「月夜のこころ百景」の番号だけでも、
話が通じるようになりたいものです。 

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前橋からの帰りに赤城山からのぼる月が、突然、正面に大きく見えました。

やがて月は、車が走る場所によって、雲に隠れたり、見えたり。

今日の前橋の月ばかりは、残念ながら月夜野から見る月よりも、
2cmほど、大きかった。

久しぶりにしっかりとした新盆に行ってきました。

百八灯も、全行程ではありませんが、きちんとたててきました。


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広い家ならでこそ可能なことですが、どんどん行事が簡略化していく組内でも、たまにはこうした家があってくれるとありがたいものです。

それぞれの置き方、飾り方などで会話がはずむのも良いものです。

今では葬儀のときに、この新盆の準備まで業者が段取りしてくれることもあるそうですが、たとえ業者まかせにする場合でも、こうしたことを知っておいて損はありません。



家ぢゅうに草の匂ひや盆の月     長谷川櫂



組立キットの盆だなも楽そうですが、
子どもの記憶にこんな草の匂いをたまには残してやりたいものです。 


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10時にはもう西の山に沈みます。



てる月を弓張りとしもいふことは山辺をさしていればなり

                  凡河内躬恒 

『大和物語』132段。
醍醐天皇に「なぜ月を弓張というのか」と問われ、
即興で躬恒が応じた歌。 

(写真の七日月では、まだ弓張月というまで張られていません。
通常は上弦の半月をさしていいます。)


 射ると入るをかけたシャレですが、
弓を射る月のかたちの向きで上弦であるか、下弦の月であるかの判断ができます。
はたして、躬恒が詠んだ日の月をみてそこまでの意味も含ませていたかどうか。

天皇は大いにめでられほうびに白絹の衣をたまわった。とあります。
躬恒はそれを肩にかけ、ふたたび即興で

「白雲の このかたににしも おりゐるは あまつ風こそ 吹きてきぬらし」

と…吐く息、吸う息が歌になる人であったらしい。
それも歌のていをなしていた即興歌人というか…

「古今集」撰者の一人名誉の歌人でも身分は低く、生没もその祖父の名もわからなかったということです。
でも歌の姿はすごいですね。
 

2016年6月の十五夜の日は、18日(月)ですが月齢はまだ13.7。

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この写真は18日(月)午前0時のもの

月齢が15の望月=満月になるのは、翌々日の20日(水)です。(月齢15.7)

19日の月齢は14.7なので、15になるのがギリギリ20日に入ってしまいます。
したがって十五夜の日からは2日ずれてしまうのです。

暦上の十五夜は、新月から15日目の日という意味なので、必ずしも天文学上の月齢(月の形の満ち欠けの状態)の満月とは一致せず、このような開きが出てしまうことがあるのです。 

わずかな違いなので、気づかないことも多いかもしれませんが、十五夜の日のお月さんがまん丸の満月ではないことは、けっこう多いものです。 

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月草(ツユクサ)が文字通り朝露に濡れていました。

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月草に 衣ぞ染むる 君がため 斑の衣(まだらのごろも)(す)らむと思ひて

                   
作者不詳 巻7‐1255


月草に 衣色どり 摺らめども うつろふ色と 言ふが苦しさ

                   
作者不詳 巻7‐1339 





「月草に衣ぞ染むる」といいますが、
名前は思い出せませんが、ツユクサの花のもっと大きい植物があります。

その大きな花から青色を搾り取り、それを何度も和紙にしみ込ませて、
友禅染などの下絵書きに使うそうです。

水に簡単に溶けることから、下絵は完全に消え去るというわけです。


ツユクサの露は、写真のように草に露がかかる姿かとも思いますが、
この青色を取り出す行程をみると、
花そのものにいかに多くの水分が含まれているかがわかります。





おなじくは我が身も露と消えななむ消えなばつらき言の葉も見じ
              (新古1343)

どこから見ても、はかなさがつきまといます。

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翌日の妻の家から

朝(あした)咲き 夕(ゆふへ)は消ぬる 月草の 消ぬべき恋も 我はするかも

                   
作者不詳 巻10 2291 

月草の 仮れる命に ある人を いかに知りてか 後も逢はむと言ふ

                   作者不詳 巻11 2756

うちひさす 宮にはあれど 月草の うつろふ心 我が思はなくに

                   作者不詳 巻12 3058

百に千に 人は言ふとも 月草の うつろふ心 我れ持ためやも


                   作者不詳 巻12 3059

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