「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、竹取物語のことを指した源氏物語のなかにあることばです。私たちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるこのまち月夜野に、たくさんの物語を育てていきます。2016年、月夜野が日本百名月に登録されたことを機に、みなかみ〈月〉の会を結成しました。

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うちの近くでは、ウグイスよりも美しい声で鳴き、とても能弁なクロツグミ。

懸命にさえずりますが、なにを伝えたいんだか、よくわかりません。



その点、すぐ横で鳴くウグイスは、実に言葉が明瞭です。

ホーホケキョとケキョケキョのバリエーションがはっきりしています。

やはり能力はあっても伝えたいことがはっきりしていないと人気も出ないのか。

一度クロツグミにきちんとした原稿を読ませてあげたいね。

 

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今年の東京では、天候不順が続いたために、
例年よりも長く桜の開花を楽しめたといます。

ところが月夜野は、17日(月)頃に一気に咲き出した桜が、
昨日からの強風にあおられて、まだ盛りの花びらが
情け容赦なく引きちぎられてしまいそうな陽気になっています。

とても心配していましたが、
20日朝は、まだしっかりと咲いてました。

散るときは早いものですが、
盛りの内はなかなかたくましく咲き続けるものですね。

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かつては桜といえば、山桜でした。

吉野の桜も、西行が詠んだ歌も、みな山桜です。

したがって花見といえば、秀吉の醍醐の花見も含めて
里で見る桜ではなく山へ登ることが普通でした。


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山の名優、カスミザクラ(沼田市白沢の石割桜)
http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/34f3d3ef3483e9b13d4badca82c0f794

それが江戸時代になってソメイヨシノなどが盛んに町に植えられるようになって、
現在のような花見の姿が定着したようです。



その元をたどると、

さくらの「さ」は、「サ神様」(田の神様)の意味で、田植えの「早乙女」の「さ」と同じ。
「くら」は、神の憑代としての台座「御座」(みくら)の意味で、
この二つが合わさって「さくら」になったという説があります。

農耕の神(サ神)が田植えの頃、
山から降りてきて桜の木に取り憑いて、
収穫期まで見守る、

あるいは山の桜の咲き具合を見て
その年の豊作を予測していた

などとも言われます。



今年(2017年)は4月25日ごろから散り始めました。

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春風の 花を散らすと 見る夢は 覚めても胸の 騒ぐなりけり
        『山家集』 西行


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桜が散ると、新緑シーズンに突入し、
田植えの季節となります。

新緑を背景に桜を見ることができたら、どんなに素晴らしいだろうなんて思いましたが、
それはあまりにも贅沢な望み。

と、思ったら

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かろうじて。



桜は、山であろうが里であろうが、その美しさにはいつでも圧倒されますが、
ライトアップされたり、提灯をぶら下げられたりしていない
自然の桜こそ、美しくもありまた大切にもしていきたいものです。






「月夜野百景」HPの「春」のページ
https://www.tsukiyono100.com/spring

季節の花の写真を差し替えました。

 

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(元々の「七草」は秋の七草を指し、小正月1月15日のものは「七種」と書く。ウィキペディアより)

1.芹(せり)   川辺・湿地に生える。

2.薺(なずな)   ペンペン草

3.御形(ごぎょう)   母子草。

4.繁縷(はこべら、はこべ)   小さい白い花。

5.仏の座(ほとけのざ)  正しくは、田平子(たびらこ)

6.菘(すずな) 蕪(かぶ)

7.蘿蔔(すずしろ) 大根

これらの草は、本来の旧暦の行事として考えないと現実には揃いません。 

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近江の大津の宮に天の下知らしめす天皇の代天命開別天皇、諡して天智天皇といふ

天皇内大臣藤原朝臣に詔して、春山の万花の艶と秋山の千葉の彩と競ひ憐れ日しめたまふ時に、額田王が歌を持ちて判る歌


 
冬ごもり 春去り来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ 咲かざりし 花も咲けれど

山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては

黄葉をば 取りてそしのふ 青きをば 置ききてそ嘆く そこし恨めし 秋山われは

                       額田王 万葉集 巻1ー16 





天智天皇が藤原鎌足に命じて、春山の花と秋山のもみじのどちらが良いか競わせた時の額田王の歌。

冬ごもりしていたが、春がくると、今まで鳴かなかった鳥も鳴き、咲かなかった花も咲く。
しかし、山は茂っているので入ることはできないし、草が深いので取ることもできない。
秋山の木の葉を見て、色づいた黄葉を取ってしのぶ。(春の)青い葉は置いて嘆いてる。 
恨めしいことに私は秋山なのだから
 


 輝かしい春山の大海人皇子に私がとりつく余地はありません。
結局、私は秋山、つまり天智天皇の一族なのですから

という意味にもとれる歌です。

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天智天皇が秋、天武天皇が春

この対比は、額田王からみたときだけの話ではなく、

天皇の歴史の中で、天武系、天智系の対立は、その後も一貫して流れていくものです。

これから、このブログでもずっと関わるポイントにもなります。

天智系 = 藤原系 ⇨ 太陽(アマテラス)重視

天武系 = 反藤原系 ⇨ 月(ツクヨミ)、または日月偏ることのない「天円地方」の思想




 
小野小町のような美貌で人気を得たタイプではなく、
いわゆる「いい女」としての魅力溢れる女性としては、
おそらく和泉式部と、この額田王に勝る女性は思い浮かびません。

と言っても、遠いところから眺めるだけの憧れですけどね。

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生方たつゑ 『額田王』 読売新聞社
黒岩重吾『茜に燃ゆ』 上・下  中公文庫
藤村由佳 『額田王の暗号』 新潮文庫 

 

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志賀勝先生の講演

志賀先生の本は全部読んではいるけれど、月の暦については、
まだまだ理解できていないことばかり。

月夜野の住民にとっては、とても大事なお話を聞くことができました。


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 第一部       約40名参加(東京15名、地元15名、協議会ほか関係者10名)   

  1、開会挨拶 (主催協力者やNHK取材の紹介)

  2、岸町長挨拶

  3、「日本百名月」登録の報告(みなかみ観光協会 高橋美保)

  4、みなかみ〈月〉の会の説明(呼びかけ人 星野 上)

  5、篠笛演奏 (朝倉 力)

  6、志賀勝先生講演「人は月に生かされている」

  7、質疑・入会・協賛のお願い    閉会



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月夜のまちライブラリーの展示

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「月夜野百」八燈も展示しました。


第二部   名胡桃城址にて十五夜月待ち (約30名参加)

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こちらの篠笛の演奏は着物着て、
名胡桃城址でスタンバイしてくれていました。

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古城址と自然の緑を背景にした演奏は、最高のロケーションで感動的でした。
 

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篠笛の音に、ウグイスや小鳥が呼応してくれる。


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月を待つ間に、歴史ガイドの会の高橋会長に名胡桃城址の説明をしていただきました。

高橋会長は、急用が入ってしまったにもかかわらずかけつけてくれました。


とうとう、この場所で月は見れませんでしたが、

準備に余裕のなかった今回の企画を支えてくれたたくさんの仲間たちに

感謝、感謝です。 



懇親会の場所に移動したら、見事な十五夜が出てました。
 
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この月の丸みがこれほど妬ましく見えたこともありません。

十五夜(21日)の講演会の準備までもう僅かしかなく、
宣伝が1ヶ月出遅れたこともあり、
どうか月よ、もっと速度を落として丸くなってくれと願うばかりです。

幸い、前橋や沼田から予想外の応援を得ることができたり、
NHKの取材撮影が決まったり 、
地元でチラシの全戸配布がなんとか間に合ったり、
次々と天の助けにささえられてますが、

どれだけ地元の人たちが来てくれるかは、なかなか予想がつきません。 

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みなさま、宣伝ご協力のほどよろしくお願いいたします。
 

久しぶりに見れた月ですが、
薄雲がまたかかってしまいました。

21日の講演会の満月は、きっと晴れてくれることでしょう。


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部屋の窓からはなかなか見えないと思ったら、

この時期は、ずいぶん北よりの位置を移動しています 。




遅ればせながら、ようやく来週の講演会のチラシが刷り上がりました。

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急いで何カ所かに届けましたが、やはり説明を加えないと
どのような企画なのかはわかりにくい気がしました。

このチラシデザイン、心配していたのですが、やはりPDFデータであっても、
MACとWindowsでは、レイアウトが変わってしまうようです。

幸い致命傷にはなりませんでしたが、日程に余裕がないとこういうことがおこります。
 


「風景は第一次産業がつくる」(梅原真)


田に水が張られ、最初の草刈りが済んだばかりの

今朝、犬の散歩中に出会ったとても美しい光景です。


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この小さな画面のなかだけでも、

もしも電信柱や送電線が無かったならば・・・・

どんなに美しい日常の景色が広がっていたでしょうか。

写真から想像してみてください。
 

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スーパーで買ったり、普通のお店で出されるものには、「香り」がありません。

春の香りは、新鮮なん採れたてのものに限ります。

天ぷらで食べてもその差は歴然とあらわれます。


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本来、山菜に限らず野菜でもなんでも食品は、
採れたての新鮮なものを食するのがあたりまえでした。

それが「流通」のシステムに組み込まれた途端に、
色とかたちのみが問われる食材に変わってしまいました。

この決定的な違いのことが、都会の人にはなかなかわかりません。



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この鮮度と香りを抜きにして、
「野菜をたくさん食べましょう」
などといくら言っても「食」の豊かさには至れません。

これは決して食の「贅沢な」豊かさへの道ではなく、
食の「貧困」の問題であると思います。


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といっても、この群馬の田舎ですら、
こうした新鮮な食材は簡単に手に入るものではありません。

農産物直売所ですら旬のものは、ほんの一時でしか手に入りません。

新潟などまで出かけて採ってくる人も少なくありませんが、
本来は日常の暮らしの身近な空間で採れたはずのものです。

それが大変だから、スーパーで手に入るもので我慢しているんだ、
というのがおそらく多くの人たちの実体なのでしょう。

「豊さ」を求めてお金を稼ぐことに追われるほど、
結局、暮らしや大自然の命を喰いつぶしてしまう現代。

その行き着く先の象徴がコンビニ。

まさに、それこそが「貧困」の実体なのですがね。

人びとの暮らしや自然を食いつぶして溜め込む金融資産で世界が動くようになってしまった今、
なんとかその金融資産を吐き出させれば、無理な労働はしなくても
私たちの暮らし
自然は取り戻せる気がするんですけどね。


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いつも新鮮なものを探し出してきてくれる妻には、
こころから感謝です。

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