「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、源氏物語のなかにでてくる竹取物語のことを指したことばです。わたしたちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるまち月夜野から、たくさんの物語の生まれるこの地の風土を発見し、また育てていくことを目指しています。 (「みなかみ〈月〉の会」と「月夜のタヌキ会議」による共同ブログです)

カテゴリ: 月夜野地区まちづくり協議会

1、月夜野妄想倶楽部が考える50年後の「教育」



 今の学校教育にいろいろと疑問を感じている人も多いかもしれませんが、ではどのような教育の姿であれば良いのか、私たちは将来の具体的ビジョンについてはあまり聞くことがありません。

 不登校の問題や教育格差の拡大、なかなか変えられない受験特殊技能教育の弊害や国際競争力の低下、等々。

 現場の先生方も親たちも、今の課題に追われるのに精一杯で、将来のあるべき姿までは考える余裕がないばかりか、考えてもそれを実現したり変えたりする権限がないからと、すぐにあきらめてしまっているようにも見えます。

 では、私たちが、何の権限も保証もないけれど、理想として考えられる将来の教育の姿がどのようなものであるのか、そんなの妄想にしかすぎないとバカにされようが、まずは想像力を働かせて考えるだけ考えてみることにしましょう。


  一人でみる夢はただの夢にしかすぎないが、みんなで見る夢は現実になる。(ジョン・レノン)




 まず
環境の変化で一番顕著な影響を及ぼすのは、ネット環境の普及浸透であると思います。

 日常のあらゆる場でネットへのアクセスが可能になることはすでに確実になっていますが、知識・記憶学習の領域が教育に占める割合は、相当減るものと思われます。

 もちろん、どんなにネットですぐに調べられるとはいえ、個人の頭の中により多くの情報が入っていることは、どんなコンピューターにも勝る効果があります。
 ですが、その情報とは、今以上に加速的に膨大なものになるので、哲学や論理学的な問題の整理の仕方は重要性を増すかもしれませんが、従来のような誰もが同じ教科書で知識を習得する必要性は確実に薄れていくことが予想されます。

 するとその先に考えられるのは、    

 ①、従来の学校に近いものは小学校のみで、そこでは読み書き・計算と体づくり・掃除力が徹底される。


 ②、ネット環境が日常生活に浸透しているため知識習得型の教育は圧倒的に減る。
    自動翻訳技術なども浸透するため、クローバル化時代だからといって英語教育などを優先する意味が
   なくなり、基本の国語教育がより徹底されるようになる。

 ③、中学以降は自主教育が中心
。子どもが興味を持ったことがらを無限に学べる環境が整う。

    教師の主な役割りは、既存の知識を教えることではなく、子どもの興味関心を育て引き出す
   コーディネーターとしての面が重視されるようになる。

 ④、「学歴」には意味がなくなっているので、個人ごとの「学習歴」で人物をみるようになる。


 ⑤、個人ごとの学習機会が拡大すると同時に、異質な者同士が交流し学び合う意義も増大する。
    民俗や習慣の差、体力や知識の差のある者が同じ空間で学ぶ効果が認知される。

 ⑥、大学や専門学校に該当する分野が、社会人教育と連続的な過程になる。
    働きながら学ぶ学生の比率が青年期から社会人まで 、圧倒的に多くなる。


 ⑦、既存の学校よりも、図書館やバーチャル空間に学びの場が広がる。
    教科書の依存度が圧倒的に低くなるので、あらゆる空間で得られる「本の海」に埋もれた学びの環境が
    中心になる。 

 ⑧、資格を持った教師以外の様々な分野で活躍する専門家が多数、講師として登録・活用される。

 ⑨、教育の完全無料化の方が、社会のためにはトータルコストが安いと立証される。

 ⑩、子どもが育ち成長する自然環境が重視され、都会の学校であっても森が不可欠の空間となる。
     森の学校、山の学校、川の学校、海の学校、田んぼの学校、等々。

 ⑪、学びの場が、地域のあらゆる場所で保証されているので、不登校はまったくハンディではなくなる。

 ⑫、小学校の読み書き計算、体づくり以外の教育課程は、これまでの中学校であろうが、高校であろうが、
   大学であろうが、社会人になってであろうが、いつでもどの段階のカリキュラムでも、学ぶ機会を
   得られる。大半の授業は録画され、誰もがいつでも見れる。


 などなど、思いつくことをあげましたが、まだ気づいたことが出次第、書き足していきます。

昨日の議論。

人口が減少するからといって、空家バンクの情報を出したり、雇用増の対策だけで問題が解決するわけではないですよね。
地域に仕事がないから、人口の流出が止まらないのだとよく言われます。
でも、企業誘致で雇用の増加を期待することが、結構リスクの多いことであると気づきだしました。

また、いまここにある産業を復活させたり、再生する力のないところで、よその何かに期待しても、強い地域は生まれないことも明らかです。

また、地域を支える道普請や堰番などの活動は、サラリーマン家庭ではなかなか出来ない場合が多いものです

かつて農業人口が8割を占めていたときのように、地域で働く自営業者、個人事業主が増えないと、年金生活者ばかりが都会から田舎に来ても、また賃労働者ばかりが増えても、地域の活力はなかなか生まれません。

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世の中の働き方が変わり始めている現象は、まだ不安定化といったマイナスの方向ばかりが目立っていますが、ひとつの会社や業種の仕事だけで生きて行くのではなく、自分が自分の生き方を組み立てるように、自分の働き方を組み立てて行く時代に少しずつ向かっているような気がします。また、そうなることを願ってます。 

これまでブログで時々書いて来たことを、ひとつの企画として提案してみたいと思っています。

それは、このブログのカテゴリーとしては「月夜の妄想倶楽部」の内容のことです。



科学技術の進歩めまぐるしい現代で、50年後の未来像なんて、はたして私たちは想像することができるのでしょうか?

いまの私たちは10年先ですら予測のつかない時代に生きています。

でも、次のようなことを考えてみると、50年くらい先のこの地域の姿を一度考えてみるということが、とても意味のあることと気づきます。
 
それは、月夜野の景観のなかに電柱のない風景を取り戻す提案のことです。

いま日本で1km無電柱化するには3.5億円かかるといわれてます。
つい最近、日本の遅れた無電柱化の進捗率のことが新聞記事に出ていましたが、世界のなかではとても遅れているレベルであると言わざるをえません。それでも、一昔前に比べたら、高崎市や前橋市、渋川市といった地方都市のレベルでもある程度進んで来た印象はあります。 

これを月夜野の田舎で電柱の地下埋設など行政に持ちかけても、とんでもないと一蹴されるだけしょう。

でも、もし50年後の月夜野を想像してみるならば・・・


おそらく日々目にする景観のかかに電柱のない状態は、
当たり前になっているのではないでしょうか。
 

今すぐには高額な予算がかかったり、そんな費用をかける意義があるのかなどと広い理解が得られないようなことであっても、50年くらいのスパンで考えてみれば、

①、日本の高額な地下埋設費用の異常さに気づき、技術的にもコストダウンの方法がみつかる。
 
②、エネルギーの各家庭での自給や地産地消が進み、送電線を延ばす必要性が減る。

③、電気および電気以外の省エネルギー技術が発達する。 

などの変化が起こり、今の私たちには想像もつかない技術も現実化されていると思います。

一度、こうした未来が確実にやってくることがわかれば、今提起しても相手にされないような課題であっても、そこに至る道すじや段取りは格段につかやすくなるものになるのではないでしょうか。



今の条件で考えたら、とても想像することもできない、ありえないような現実がいつの時代でも、未来には現実になっています。

まちづくりのテーマや目標を決めるにあたって、安易な言葉探しにとどまらず、具体的な未来像を考えるために、一度50年くらいのスパンの未来を考えてみてはどうでしょうか。

景観十年、風景百年、風土千年と言いますからね。



私たちが子どもだったころ

 それは東京オリンピックの開催とともに、高度経済成長へ突き進んでいった時代でした。
 そのころの私たちに現代の世の中の姿が想像できたでしょうか?
 
 今思えば、「未来=輝かしい科学技術の世界」として明るい未来を信じてましたね。


今の子どもたちが50年後の未来を想像したら、
 はたして、現代のテクノロジーに浸かった子どもたちは、そのような未来を想像するのでしょうか。
 われわれの時代よりは、科学技術偏重ではない未来像が考えられそうな気がします。



今のわれわれの世代が50年後の未来を想像したら 、
 それは、私たちが生きている間に、ぎりぎり目撃できるかもしれない未来です。
 もうそんなに生きてはいられないかもしれませんが、私たちがいまの子どもたちに約束する未来は
 考える価値はあると思います。
 それでも、今では考えられないような世の中を生きているであろうことは確かです。




以上のようなことを一度、文章や絵画、小説、アニメ、ジオラマなどによってそれぞれの世代が表現してみる企画として提案してみようと思っています。

戯れのような作業ですが、地域が自立するには、夢の自給率も上げておかないといけません。
 

地域の歴史を知る連続講座 第2回
渋谷浩先生講演
 真田氏と小松姫(入会)
   ・・・現在に残る小松姫の足跡

2015年 1116日(月)午後7時から
下牧公民館にて
主催:月夜野地区まちづくり協議会
後援:下牧区 みなかみ町歴史がガイドの会














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後閑と下牧、師、三ヶ村の境界地図


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上の地図の裏面 赤穂浪士討入りの時代の判決文と大名の署名



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渋谷先生、貴重な講演をしていただきありがとうございました。

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10月24日(土)上牧カルチャーセンターにて
300名以上の皆さんに参加いただき行われました。


「みなcoming体操」の様子です。



会場では、以下のようなことが盛大に行われました。

1、子育て支援ネットワーク各団体の活動紹介をパネル展示

2、子育て支援ネットワーク各団体の活動や遊びを体験できるブースの開放
    (子育て広場・読み聞かせ・バルーンアートほか)

3、講師を招いての親子ふれあい体操やリズム遊びの体験

4、ぐんまちゃん及びつっきー(ホタルぼうや)の出演

5、スタンプラリーの実施やアンケートの配布

6、みなかみ体操やダンスパフォーマンス



参加ご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。
スタッフのみなさん 、お疲れさまでした。

地域の歴史を知る連続講座 第1回
渋谷浩先生講演
 真田氏と四ヵ村用水 〜四ヵ村用水の歴史と背景を語る〜

10月19日(月)午後7時から
下牧公民館にて
主催:月夜野地区まちづくり協議会


 地元で四ヵ村用水の維持管理に直接携わっている方々にも多く参加いただき、とても充実した講演会になりました。


 (録画の音声が小さいため、YouTube音声、パソコン音声を上げてご覧ください。)

                       Vol.1




Vol.2



20151019_195823
これは圧巻! 中学生が作った四ヵ村用水の最も正確な図

 
 

Vol.3  質疑応答ほか



次回は、
11月16日(月)7時から
講師:渋谷浩先生 
「真田氏と小松姫(入会)」
下牧公民館 2F 

第五回師区民ふれあい交流展示会開催

期日  平成27年11月 8日(日) 午前9時〜午後3時

場所 師区公民館

主催 師地区ふれあい交流会

後援 師区・月夜野地区まちづくり協議会・みなかみ町・みなかみ町教育委員会

展示 切り絵・絵画・写真・彫刻・工作作品・盆栽・菊花・手芸品など
                 〜 師区民の作品です

イベント 餅つき大会
   午前11時・午後1時の2回行います。
   つきたてのお餅を賞味できます。

交流コーナー 甘酒・赤飯などで来場者を接待致します。

町民皆様 お誘いあわせのうえお出かけ下さい。

  問い合わせ  62−3537  会長 馬場春夫

 

 月夜野地区まちづくり協議会のAさんは、自宅のある下牧から毎日のように歩いて後閑まで飲みに通っています。当初は健康のためか、飲酒運転をさけるための方法かと思っていました。
 ところが、Aさんの行動をみているうちに、地域を歩くことには、そうした意味ばかりではないはかり知れない意義があることを知りました。

 地域を歩くことによってはじめて、車から見るふだんの風景とは異なる人びとの暮らしの姿や、季節ごとに変化する自然の景観を見ることができます。

 むかしは茂左衛門の縁日に藤原から月夜野まで歩いて来た人もいたほどですが、本来の人間の歩く早さを基準にした時間と距離の感覚を取り戻すことにも、限りない価値があります。

 そこで、まちづくり協議会の日ごろの活動を協議会会員以外の人びとも巻き込んで発展させるためにも、以下のような目的で「月夜の歩こうル会」を提起します。


会の目的

1、月夜野地区まちづくり協議会メンバーおよび地域づくりに興味あるあらゆる団体や個人との交流

2、職場や自宅から交流会場まで「歩く」ことで、リアルな地域の実態を知る。

3、「夜」の時間帯を歩くことで、「月」を愛で自然の息吹を感じとる。

4、月のエネルギーを活かしたまちづくりの探求
    (満月は活発な活動を促し、新月は冷静な思考を促す)

5、飲酒運転につながらない絶対的環境を保持する

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「十六夜(いざよい)」とは、満月の次の日の月で、十五夜よりもちょっと(約50分)遅れて出てくる月のことです。
 少しだけ欠けているにもかかわらず、ほぼ丸く見えることから、ちょっとお得した気分になれる月でもあります。

「いざよう」という言葉には、「ためらう」といった意味もあります。
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「月夜野タヌキの十六夜会議」は、ちょっと出遅れた月のように、まだためらっている人たちを誘い「いざなう」会議、そんなようなイメージを描いています。



   いざよふ月に さそはれいでてなむとぞ 思ひなりぬる

                  阿仏尼の紀行文『十六夜日記』より



 月が満ちていく時期は、月のエネルギーが増す時期なので、活発な議論をしたりイベントを行なうには格好の時期です。
 かたや新月の頃になると、ひとりでじっくり考えるようなことに向いていると言われます。

 出来ることなら月夜野地域では、こうした旧暦のもつ月のリズムを活かした活動を考えていけたらとも思っています。
 

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