「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、源氏物語のなかにでてくる竹取物語のことを指したことばです。わたしたちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるまち月夜野から、たくさんの物語の生まれるこの地の風土を発見し、また育てていくことを目指しています。 (「みなかみ〈月〉の会」と「月夜のタヌキ会議」による共同ブログです)

カテゴリ: 月夜野百景

5月10日(木)
谷川岳に雪が降りました。

翌朝(11日)の写真です。
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 5月までは、雪が積もることは珍しくないのですが、
通常の残雪と違って、この時期に積もった雪は、すぐにとけてしまうのが常です。


実際、この雪も昼には、みるみるとけていました。

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こんなにも違います。 同日12時ころ撮影。


そして夕方には、もう昨日新しく降った分はほぼ消えていました。

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5月21日 

濁る世を 澄めとはよはず わがなりに
  澄まして見する 谷川の水     良寛

関東の水源 みなかみ ユネスコエコパーク

濁る世を ポスター
 

来週の会議に出すポスター原案です。
これをプロのデザイナー、関係機関に手直ししてもらって完成させられたらと思っています。

良寛とみなかみ町に特別の関係があるわけではありませんが、

谷川という言葉とともに、このみなかみ町にこそぴったりの歌だと思います。


今の時代、この時期、このみなかみの地固有の世界のイメージを表現したいと思ってつくってみました。

何と闘うのかと言ったら、世間や他人ではなく、

自分との闘いこそが大事なわけですが、

そのための環境をこの土地は持っているわけです。
 

関東の水源というだけでなく日本の首都東京に対する水源地として、

また私たち自身の寄って立つ環境として・・・

 

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月齢 14.0

現代の都会暮らしでは気づくことがないかもしれませんが、
目に一丁字もない人というのが、田舎にはいます。
 
そういう人がいる限り、私たちは多少なりとも正気を取り戻すことができる。


山吹 万葉歌phot

みなかみ町の花がヤマブキであることを知りました。

地域では、ヤマブキの植栽活動も行なわれました。

ところが、実際に植栽活動を行ってみると、地域には自生したヤマブキが既にたくさんあることも知りました。

このときわたしたちは大切なことに気づきました。

草花をたくさん植えて美しい景観をつくることも大事ですが、
優先すべきことは、まず今ある植生をきちんと理解することです。

今あるそれらの本来ある植生が活かされないのは、道路沿いの草刈りが徹底されていないことや、
それらの在来植物に関心、注意が向けられていないことが大きいということです。

とりわけユネスコエコパーク登録などをうたっている町です。
都会型の花壇作りや街路樹整備のようなことを活発にするのが目的ではないはずです。

そんなことに気づいてからヤマブキのことを見直すと、
歴史的にも日本人の心の中にヤマブキがいかに深く関わってきたかということも見えてきました。




冒頭にのせたうたは、旧月夜野町の三重院へ嫁いで、厳しい暮らしの中で多くの歌を残した村上順子の歌です。


村上順子(明治39年から昭和60年)は、吾妻郡高山村で生まれ、19歳で月夜野町(現みなかみ町)の三重院に嫁ぎ、一家を支えました。順子は16歳の頃から作歌をしていましたが、本格的に作歌に情熱を燃やしたのは、橋田東声の歌誌『覇王樹』に入会してからといわれます。
万葉集の影響を受け、農家の厳しい暮らしのなかから生まれる土の香りあふれる歌風が魅力。





このように多く自生している山吹は、そのしなやかな枝振り、林間に映える黄色のあざやかさから、
古来、多くの歌にもなっています。

きちんと調べたわけではありませんが、拾い出したものを以下にあげてみます。





山振(やまぶき)の立ちよそひたる山清水 酌みに行かめど道の知らなく高市皇子万葉集 巻2−158
春ふかみ井手の川波たちかへり 見てこそゆかめ山吹の花源 順
山吹の花咲く井手の里こそはあしうゐたりと思はざらなむ西行
ほろほろと山吹ちるか滝の音芭蕉
山吹や宇治の焙炉の匂ふ時芭蕉
山吹や笠にさすべき枝の形(なり)芭蕉


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実朝が随分山吹を詠ってますが、東国を代表する花という性格もあるのでしょうか。


山ぶきの花の雫に袖ぬれて昔おぼゆる玉川のさと源実朝金槐和歌集 巻之上 春部113
やまぶきの花の盛になりぬれば 井でのわたりに行かぬ日ぞなき源実朝金槐和歌集 巻之上 春部114
玉もかる井でのしがらみ春かけて 咲くや川せのやまぶきの花源実朝金槐和歌集 巻之上 春部115
玉もかる井での河風吹きにけり 水泡にうかぶやまぶきの花源実朝金槐和歌集 巻之上 春部116
聲高み蛙なくなり井手の川岸のやまぶきいまは散るらむ源実朝金槐和歌集 巻之上 春部117
立かへり見れどもあかず山吹の花散岸の春の川なみ源実朝金槐和歌集 巻之上 春部118
いまいく日春しなければ春雨のぬるともをらむやまぶきの花源実朝金槐和歌集 巻之上 春部119
我宿の八重の山ぶき露を重みうち払ふ袖のそぼちぬるかな源実朝金槐和歌集 巻之上 春部120
春雨の露のやどりを吹風にこぼれてにほふやまぶきの花源実朝金槐和歌集 巻之上 春部121
我心いかにせよとか山吹のうつろふ花のあらしたつみむ源実朝金槐和歌集 巻之上 春部122
おのづからあはれとも見よ春ふかみ散残る岸の山吹の花源実朝金槐和歌集 巻之上 春部123
散残るきしの山ぶき春ふかみ このひと枝をあはれといはなむ源実朝金槐和歌集 巻之上 春部124








山吹に関して、もっともよく知られているのが太田道灌の逸話でしょうが、
下記のうたは、太田道灌自身によるものではなく、兼明親王の歌の引用。


ななへやへはなはさけども山ぶきのみのひとつだになきぞあやしき兼明親王後拾遺和歌集
七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞ悲しき(太田道灌)


山吹 幹DSCF0816






桜ちり春のくれ行く物思ひも忘られぬべき山吹の花
賀茂社へよみてたてまつりける百首歌
にほふより春は暮れゆく山吹の花こそ花のなかにつらけれ洞院摂政家百首歌続古今集
山吹の立ちよそひたる山清水汲みにゆかめど道の知らなく高市皇子万葉集』 巻二
かはづ鳴く甘南備河に影見えて今か咲くらむ山吹の花よみ人しらず古今集
吉野河岸の山吹ふくかぜにそこの影さへうつろひにけり紀貫之古今集
一重だにあかぬにほひをいとどしく八重かさなれる山吹の花藤原長能詞花集
われがなほ折らまほしきは白雲の八重にかさなる山吹の花和泉式部和泉式部続集
駒とめてなほ水かはん山吹の花の露そふ井手の玉川藤原俊成新古今集
吉野川岸の山吹咲きにけり嶺の桜は散りはてぬらん藤原家隆新古今集
春くるる井手のしがらみせきかねて行く瀬にうつる山吹のはな藤原信実続後撰集
雪とのみ桜はちれる木(こ)のしたに色かへてさく山吹の花二条為世玉葉集
さきいづる八重山吹の色ぬれて桜なみよる春雨の庭京極為子玉葉集
山しろの井手の玉川水清みさやにうつろふ山吹のはな田安宗武天降言




世の中は常なきものと我が愛(め)づる山吹の花散りにけるかも正岡子規竹乃里歌
やまぶきの花にふる雨細くしてこれの世を楽しとおもふ一とき佐佐木信綱瀬の音


風吹けば波の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎       源氏物語

春の池や井手の川瀬にかよふらむ岸の山吹そこもにほへり     源氏物語

思はずに井手の中道隔つとも 言はでぞ恋ふる山吹の花     源氏物語 真木柱





もしかしたら、春霞というと現代の人はスギ花粉の景色のことと思っているかもしれません。

確かに大地の温度が上がることに起因する諸々の現象なのですが、古来、スギ花粉やPM2.5など話題になるずっと前から春霞や朧月は味わい深い日本の春景色を代表するものでした。

そんな春の日の今日、仕事帰りに東の空を見たら絵に描いたような朧月が見えました。 


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毎度、写真の技術がなく、山にかかる美しい朧月を見たままに写し取ることはできませんでした。



朧月というと、まず源氏物語の花宴に出てくる魅惑的な女性「朧月」が思い出されます。



光源氏は、ふと出会った朧月のことが忘れられず、その姿を探し求めます。




          照りもせず曇りもはてぬ春の夜の
       
              朧月夜に似るものぞなき 




なかなか姿が見れない、素性もつかめない

やがて朧月に再会する機会が訪れますが、 なかなか出会えないことを愚痴る光源氏を

朧月は男の軟弱さとしてズバッと斬り込みます。

真剣に私のことを思うなら、どこにいようが私を見つけ出してこそその気があると言えるのでしょう。

それができないのなら、私に気はないと言っているのと同じよ。

そう言われてしまえば、男は返す言葉がありません。




わずかなやりとりですが、この朧月の女性としての魅力が文字の力だけで強く伝わってきます。 

紫式部が、こんな表現を残してくれただけで、春に月を見上げる新たな楽しみをこれまでどれだけ多くの人に与えてくれたことでしょう。 




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世界に類を見ない古典文学の傑作「源氏物語」は、
与謝野晶子訳、谷崎潤一郎訳、田辺聖子訳、瀬戸内寂聴訳や
今泉忠義訳など多くの作家や研究者が挑戦していますが、
手っ取り早くスラスラ読むには、林望訳が好評です。 
現在改訂祥伝社文庫版刊行中。

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