この時期、中国人観光客が、どっと押し寄せてくる「春節(旧暦の正月)」が、インバウンド効果で日本でも知れわたってきたおかげで、すっかり忘れさられた旧暦(月暦)のことも多少は意識されるようになってきた気がします。

そうです。
旧暦では、今日が新年の始まりになります。

皆さま、
新年、明けましておめでとうございます。


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でも、日本人の今の暮らしで、旧暦が意識されることは、なかなかありません。
いま謹賀新年などといっても、ほとんどの人には、なにを言っているんだと、まず相手にされません。
明治維新まで旧暦は、ずっと日本人の暮らしと密接に関わっていたにもかかわらずです。
それでも、明治5年に旧暦は廃止され太陽暦にとって変えられたとはいえ、昭和30年代頃までは、農村の暮らしの中には根強く残っていました。自然との密接な付き合いのある農業が、まだ生きていたからです。

もはやネットで世界が一つに繋がるような時代なので、中国をはじめ、アジアや中東の国々も、旧暦と西暦と併用しているのが実情のようです。
古い習慣が簡単には変えられないので残っているということもあるでしょうが、それらの国の多くは、まだ第一次産業が根強くあるから捨て去るわけにはいかないという実情もあるのだと思います。

日本を振り返ってみると、古来、日本人は古いものを完全に否定することなく、常に古いものの上に新しいものを積み重ねて築いてきた文化があります。
神々の信仰においても、どちらの神が正しいかなどと争うことなく、それぞれ神だろうが、仏だろうが並立して矛盾を感じることなく敬うことができていました。

こうした文化背景を見るならば、本来は、日本人こそが旧暦も残し、暮らしのなかで西暦とともに併用する国となることが自然であったはずです。

それがそうならなかった、またそうさせなかったのが、明治以来の「近代化」の名のもとの国家政策でした。

このブログでは、何度も繰り返しますが、私たちは旧暦に戻すべきだとか、太陽よりも月の方が大事であるとかを言っているのではありません。

太陽暦一辺倒の暦観や、太陽に偏って月が視野に入らない世界観が不自然であると言っているのです。

太陽も、
月も、
神も、
仏も、

本来、序列をつけるようなものではなく、
それぞれ異なる役割や性格があるものなので、
等しく敬うというのが私たちの考え方です。

そこにどうしても序列をつけたがったり、なにかを無視したり抹殺しようとするのは、とても恣意的な不自然な意図がはたらく時です。

結果、長い文明の歴史のなかで、特定のものを意図的に排除されてきた歴史があるがために、ひときわ「月」と「旧暦」の意味と価値を強調しなけれなならない、というのが現代日本に生きる私たち月夜野住民の使命(笑)となるわけす。

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月の満ち欠けだけでなく
暦というものの正しい理解のために、
ぜひお手元に置いてご活用ください。


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