今日は、晦日。月齢は28.7
明日が新月で、月齢0.3となります。

といっても梅雨時のこの季節。
毎日が雨や曇り空の日々です。
お月さんなんて出ていようが隠れていようが関係ないかもしれません。

でも、ここ月夜野のホタルの季節には格別の意味があります。

なかでも今年のこの時期は、旧暦と新暦の周期がほぼ重なっているので、
太陽暦の月初めと旧暦の月初めがだいたい同時期になります。

したがって、6月中旬からホタルが出だすにしたがって月が欠けていき、
ホタルのピーク時にちょうど月明かりのない新月を迎え、
7月になりホタルおピークが過ぎるにしたがって、徐々に月が膨らみ
満月のころに、ホタルのシーズンも終えるようになるのです。

この闇夜の極まるころに、ほのかな明かりを灯すホタルが鑑賞出来るわけです。
同じ夜の時間でも、今年ほど暗い夜のホタル鑑賞ができる年もなかなかありません。


ただ、やはり暗闇には、闇の怖さというものが必ずつきまといます。


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他人はおそろし闇夜は怖い 

   親と月夜はいつも好い

         (月夜のこころ百景 60番)
   この歌の行燈は、嶽林寺下にある東屋「蛍月亭」にあります。


 


九州に伝わる子守唄の冒頭抜粋ですが、とてもお気に入りのフレーズです。

昨年、一度このブログでも書いたことですが改めて書きます。

実際には、以下の元歌の全歌詞にあるように、とても悲しく辛い境遇の娘の姿を歌っていますが、それだけに「親と月夜はいつも好い」という慰めと癒しの言葉が響いてきます。

どん底のような暮らしにある日々でも、ささやかな月明かりや親の優しさだけで、どれだけ心が救われることか。

遠い昔から、日本人の日常に繰り返し染み込んできている感覚です。

このことを柳田國男は「やみと月夜」という『火の昔』のなかの小論で次のように表現しています。


「親と月夜はいつもよい」という子守唄を、あなたがたは聞いたことがありますか。
女の子は十二、三になって、はじめて親の家を出てよそで働く時に、たいてい一度は赤ん坊のおもりをすることになっていたのですが、そういう子守りの娘たちは、別に誰から教えてもらうということもなしに、自分でこしらえた子守唄をよくうたいました。その中にはなかなかいい歌が、今でも少しずつ残っているのです。

   他人はおそろし、やみ夜はこわい
    親と月夜はいつもよい

 他人の中にも恐ろしい人ばかりでなく、よい人はいくらでもあることがだんだんとわかってきて、その中から友だちをこしらえていくのですが、なれないうちはなんだかみんながこわい人のように思われたのと同じに、やみ夜というものは何もかも恐ろしいように、はじめて親の家を離れて世間に出てきた子供たちは感じておりました。それゆえに燈火のまだ発達しなかった時代には、月夜ほどうれしいものはなかったのであります。
それは年の若い人たちだけではありません。
広い海上に出たとき、あるいは野原のまん中に立ったときなどは、日本は星空のきれいな国だから、月のない晩でも、うっすりと物の形はわかります。しかしちょっとした木のかげや、家のわきなどを通るときは、そこに何があるのか、まるでわからなくなるのです。
昔の人たちは「鼻をつままれてもわからぬ」という言葉で、そういうやみの晩を形容していました。
村や屋敷の中までが別世界になって、何かよそからそのやみにまぎれて、近寄ってくる者があるような不安をいだくのが、普通でありました。実際また野獣とか盗賊とか、そういうやみのかげを利用して、人に近寄る敵も多かったのであります。

 月夜はきれいなばかりでなく、同時にたいへんうれしいものでありました。皆さんが想像なさるより以上に、昔の人は月を愛し、またありがたがってさえもいました。



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けさの寒さに  球磨郡相良村四浦
 
 
 けさの寒さに 親なら子なら
  行くな戻れと ゆてくりょに
 他人おそろし 闇夜はこわい
  親と月夜は いつもよい

 おどんが死んだなら 誰が泣いてくりょか
  前の松山の 蝉が泣く
 蝉じゃござらぬ 妹でござる
  妹泣くなよ 気にかかる

 おどんがごたってにゃ もの言うな名言うな
  なさけかくるな 袖ひくな
 なさけかくっちゅて 籾のぬかかけて
  さまのなさけは かゆござる

 こんなところに なぜ来たしらぬ
  親が行くなと とめたのに
 親はどこかと 豆腐にきけば
  親は畠に 豆でおる

 おどんが父さんな 桶屋でござる
  朝はとんとことんとこ 輪をたたく
 ねんねした子に 香箱七つ
  起きて泣く子に 石七つ

 あの子にくらし わしみて笑う
  わしもみてやろ 笑てやろ
 あの子えらそに 白足袋はいて
  耳のうしろに あかためて

 山でこわいのは さるとりいばら
  里でこわいのは 守りの口
 おどんがにくけりゃ 野山で殺せ
  親にそのわけ 言うて殺せ

 おどんがこの村に 一年とおれば
  丸木柱に 角がたつ
 丸木柱に 角がたつよりも
  早くいとまが 出ればよい

 おどんがおればこそ こん村がもむる
  おどんが行ったあて 花がさす
 花はさいても ろくな花はさかん
  手足かかじる いげの花 




同じ闇夜でも、

月の出ている日、出ない日。
雲のある日、ない日。
雲の厚い日、薄い日。
たった一人で歩く日と親や夫婦、友人と歩く日
電灯などわずかな明かりのある日、何も灯火のない日
 
・・・・など条件によって全く印象は変わります。

そんな闇夜の違いも、
現代の生活では忘れられた怖さを感じる闇の中、
ホタルを頼りに月夜野の山道をぜひ歩いてみてください。



#月夜野ホタルの里