今日は2月30日です。
 
毎年、新年度を控えて仕事の忙しいこの時期は、2月が28日までしかないことを恨めしく思っています。

一ヶ月が31日の月が1年には7ヶ月もあるのに、どうしてただ一人、2月だけが2日も3日も割りを食わなくてなならないのでしょうか。 


西暦、グレゴリオ暦によるこの矛盾の一般的な説明は、
英語名 August は、ローマ皇帝
アウグストゥスに由来する。アウグストゥスは紀元前1世紀、誤って運用されていたユリウス暦の運用を修正するとともに、8月の名称を「6番目の月」を意味する "Sextilis" から自分の名に変更した。よく見かけられる通説に、彼がそれまで30日であった8月の日数を31日に増やし、その分を2月の日数から減らしたため2月の日数が28日となったというものがある。 (ウィキペディア
となります。 

こんな馬鹿げた理不尽な暦が、どうして国際標準になってしまっているのでしょうか。

8月の31日を1日だけ2月にまわすのみで、どれだけ不均衡が解消することかと思いますが、どうしてそんな簡単なことができないのでしょうか。 
ローマ皇帝アウグストゥスの無謀を未だ誰も止められないなどあって良いのでしょうか。

現在、認知されているグレゴリオ暦の欠点は、
① 各月の日数が一定でない
②  年の前半後半、四季などの日数が一致しない
③ 毎年曜日が移動する
④ 新年の位置に何の意味もない
などと言われてますが、それでも最も簡便で正確な暦法とされてます。

私たち月暦の合理性を熟知している側からすれば、
一年が365日であること以外、現行の太陽暦に合理性はどこにも見られません。 
もちろん、だからと言って旧暦の方が完璧であるなどというわけではありません。
自然のリズムを反映した旧暦を完全に捨て去ってしまい、太陽暦の理不尽な問題を疑問視することなく盲目的に太陽暦一本に従っている社会をこそ問題にしたいのです。 

53893A29-A113-4624-92DE-3F9AA10A714A


そこでもう一度、理不尽な太陽暦の姿を見てみると、かつて1年の始まりが3月であったことから、最終月であった2月が調整役として割りをくったとの話もありますが、それにしても大の月と小の月の割り振り自体になんの合理的根拠もありません。
むしろ歴史を語る時に、伝説由来の話は疑ってかかるべき問いう原則もあります。

とすると、もしかしたらではありますが、2月にだけ月暦の周期、29.5日への未練を残したとは言えないでしょうか。


・・・・28.5日ならともかく29.5日では、 やはりこの推測も無理がありますね。 

残念ながらこの思いつきは撤回します(笑) 


IMG_0395
西暦で2月30日の月  二十六夜 (2019/03/02) 月齢25.2