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10時にはもう西の山に沈みます。



てる月を弓張りとしもいふことは山辺をさしていればなり

                  凡河内躬恒 

『大和物語』132段。
醍醐天皇に「なぜ月を弓張というのか」と問われ、
即興で躬恒が応じた歌。 

(写真の七日月では、まだ弓張月というまで張られていません。
通常は上弦の半月をさしていいます。)


 射ると入るをかけたシャレですが、
弓を射る月のかたちの向きで上弦であるか、下弦の月であるかの判断ができます。
はたして、躬恒が詠んだ日の月をみてそこまでの意味も含ませていたかどうか。

天皇は大いにめでられほうびに白絹の衣をたまわった。とあります。
躬恒はそれを肩にかけ、ふたたび即興で

「白雲の このかたににしも おりゐるは あまつ風こそ 吹きてきぬらし」

と…吐く息、吸う息が歌になる人であったらしい。
それも歌のていをなしていた即興歌人というか…

「古今集」撰者の一人名誉の歌人でも身分は低く、生没もその祖父の名もわからなかったということです。
でも歌の姿はすごいですね。