「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、源氏物語のなかにでてくる竹取物語のことを指したことばです。わたしたちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるまち月夜野から、たくさんの物語の生まれるこの地の風土を発見し、また育てていくことを目指しています。 (「みなかみ〈月〉の会」と「月夜のタヌキ会議」による共同ブログです)

第五回師区民ふれあい交流展示会開催

期日  平成27年11月 8日(日) 午前9時〜午後3時

場所 師区公民館

主催 師地区ふれあい交流会

後援 師区・月夜野地区まちづくり協議会・みなかみ町・みなかみ町教育委員会

展示 切り絵・絵画・写真・彫刻・工作作品・盆栽・菊花・手芸品など
                 〜 師区民の作品です

イベント 餅つき大会
   午前11時・午後1時の2回行います。
   つきたてのお餅を賞味できます。

交流コーナー 甘酒・赤飯などで来場者を接待致します。

町民皆様 お誘いあわせのうえお出かけ下さい。

  問い合わせ  62−3537  会長 馬場春夫

 

 私は、毎日渋川市まで、月夜野町から40分程度の道のりを車で通勤していますが、その途上で犬、猫の交通事故死体を見ない日はないといってよいほどよく見ます。
 そして、犬、猫の事故以上によく見るのが、タヌキの交通事故死です。

 なぜか、タヌキにかぎって、私にはその死顔が、何度見ても小学生の子供が轢かれたかのような顔に見えてならないのです。

その顔は、まるで
「どうしてボクが・・・・」
と言っているがごとく。

 もちろんその目撃したタヌキは母親ダヌキかもしれないし、父親ダヌキかもしれません。
 いずれにしても、その多くの場合、犬・猫の飼い主の悲しみとは異なった、ある日突然、待てども待てども帰って来なくなった親ダヌキをただ泣きながら待つ、子ダヌキら家族の姿が目に浮かぶのです。


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タヌキ、アナグマ、ハクビシン、ムジナ、そしてマミ
みんな「同じ穴のムジナ」ではない


 一般に、タヌキとアナグマを総称してムジナと言っていますが、地方や時代によって呼び方はバラバラなのが実態。
 山で出合ったのがタヌキなのか、アナグマなのか、ハクビシンなのか、相手がじっとしていてくれるわけではないので、よく間違えるといいます。これに実際に日本の山で出会うことはあまりないでしょうが、アライグマも加えたらもっとややこしい。
 ところが、よく聞けばこの三者、とても「同じ穴のムジナ」とは言えない別種であるばかりか、お互い仲も決して良くない。


 そもそもタヌキはイヌ科、
 アナグマはイタチ科、
 ハクビシンはジャコウネコ科。

 足の指の数を比べるとタヌキは4本、ハクビシンは5本あるそうです。アナグマは前足が太く鋭い爪があるのが特徴。
 アナグマはタヌキに比べると耳が小さく、鼻が大きい。

 狸穴(マミアナ)という地名をよく聞きますが、穴を中心に想像すれば、狸よりアナグマの領分ということになるが、実態はそうとも思えない。

 どこをとってもわかりにくい仲間たちである。
 つまるところ、やっぱりみんな「ムジナ」なのか?




 もう少し学問的な考察で、池田啓氏の研究によると、そもそも中国から日本に伝わった経緯や中国の「狸」という字があてられる動物などから、今の「狸」がそもそものタヌキのイメージであったのではないらしいことがわかる。

 池田氏が現代中国各地の狸の字のつくものを摘出したものをみると、
 ジャコウネコ科のインドオオジャコウネコが、九節狸
  インドジャコウネコが、香狸
  ハクビシンが、花面狸
  リンサングが、斑林狸
  パームシベットが、花果狸
  インドマングースが、日狸
 ネコ科では、アジアゴールデンキャットが、狸豹
  ベンガルヤマネコが、狸子
 イタチ科は、イタチアナグマが、猪子狸
  キエリテンが、黄-狸
 イヌ科で、キツネが、狐狸
 リス科でクロオオリスが、藤狸
 ムササビ科のハイナンムササビが、飛狸

といった感じで、狸という字もかなり広義に使われている。

ところが、肝心な日本でいうタヌキに中国では、「狢」の字をあてている。
やはり、狸は本来、猫系の生き物に対する表現であったようです。

 中国から日本に「狸」という字が伝わったときは、「ヤマネコ」の意味であったであろうと言われており、日本に当時ヤマネコがいなかったため、それに類する動物が想像された経緯があるのではないかとのことです。
 やはり、こいつは名前が日本に来たときから、そもそも怪しいヤツだったのです。





タヌキの産地、上州?


 群馬といえば、誰しも文福茶釜の伝説で有名な館林の茂林寺の関係でタヌキとの深い縁を想像しますが、上州が有名なタヌキの産地であることを知っている方は、あまりいないのではないでしょうか。

 渓流釣りの好きな方にはよく知られた、佐藤垢石が群馬出身であることまでは知りませんでしたが、その佐藤垢石が『完本 たぬき汁』(つり人ノベルス)という本の中で以下のようなことを書いています。

    

 私の故郷上州は、有名な狸の産地である。

 この事実は、館林の茂林寺にある文福茶釜の伝説などによったものではなく、前橋市一毛町の毛皮商坂本屋の取引高の統計によるのである。

 坂本屋の話によると、近くは秩父山から甲州路。東は出羽奥州、北は越中越後遠くは飛騨の山々から、中国辺に至る二、三百年来手広く取引をなし、山の猟師が熊、鹿、狐、カモシカ、猿、山猫、山犬などの毛皮を携えて遥々前橋まで集まってきたが、明治になってからはこれを神戸の商館へ持ち込んで外国へ輸出している。

 しかし、奥利根の上越国境の山から出てくる猟人が毎年、最も多く狸の皮を持ってくるところを見ると、やはり上州が狸の名産地であると思うと言うのである。なるほど、坂本商店の倉庫へ入ってみると、狸の毛皮が山のようにあった。


 この話は、単純に上州の猟師が狸を多く獲っていたことと、上州に狸が多いかどうかは別の問題であり、更にここで名産地としているのは流通量の多さだけであり、良質の毛皮であるとかの話ではありません。でも、それら一切をひっくるめて他の地域と比較したならば、やはり、上州が狸の有名な産地であると宣言しても、あながち間違っているとはいえないことでしょう。

 ただ、毛皮が今に比べたらはるかに安い時代であったにもかかわらず、コツコツと百姓仕事をするようりはいい仕事であったといいますが、農業に適した土地の少ない群馬ならではの環境によるところもあったと思います。
 また、もう一つの契機として日露戦争が軍用の毛皮需要を一気に増やし、にわか猟師の増大を伴ってマタギなどの山のテトリーを変えていったことが、熊谷達也『邂逅の森』に出ています。

 軍用の毛皮需要が増えるまでは、狸はもっぱら筆用の毛として、毛皮はふいごの口として重宝されていました。狸の毛足は筆に使えるほど長かっただろうかと思いましたが、兎の毛が白い筆用に使われていたことを考えれば、容易に想像もつく。





【余談】
 「たぬき汁」は文字どおり狸が入った鍋汁のことですが、「たぬきそば」は、ご存知のように狸が入っているわけではありません。
 これは「月見そば」に対する表現で、月見のようにタマゴが入っていないから、タマゴの「タ」抜きのそばということらしい。
 ところが、この手の話はいつもいろいろあって、あまりどれが本当の話かわからないことが多い。同じそばでよくある「二八そば」が、なぜ二八かというと、二八(ニハチ ジュウロク)、十六文で買えたからとか、そば粉と小麦粉の比率が二対八であるからとか、どっちが本当かちっともわからない。
 真実を突き止めることよりも、言葉遊びをおおいに楽しめばよいだけのこと。



 で、先の本の肝心な「たぬき汁」は、よく聞くことばで料理にもありそうな響きですが、通常、狐料理が無いのと同じくらい、素人料理ではとても臭くて食べられない代物。。

 これが本書の佐藤垢石の文章で、まさにタヌキに食わされたがごとく、逸品のタヌキ料理に出会うまでの傑作話が描かれています。

 群馬ツチノコ研究会で紹介している山本素石もそうですが、渓流釣りの人々には、海釣り人の世界では考えられないクスッとした笑いを誘う話がうまい人が多い。

 料理屋のメニューに出てくる美味い「たぬき汁」は、こんにゃくと野菜を一緒にごま油でいため、味噌で煮た汁で、タヌキのかけらも入っていない。
 



        (以上、「かみつけの国 本のテーマ館」より加筆転載) 
 


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今年の稲刈りをみていると、急にどこも天日干しにするようになった気がします。

とても良いことだと思いますが、妙に全域的に変わったので、何か補助でも出るようになったのでしょうか。

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自主的に、はざかけのメリットが広く認知されて広がったのであれば、とてもすばらしいことですね。

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 地域の独自性は歴史や風土・自然、文化、産業、地名などさまざまな要素によって現れますが、なかでも私たちの暮らす「月夜野」という地名がもつ魅力には際立ったものがあります。
 それは、地元の住民よりも他地域の人たちから多くの憧れとしてみられています。

   月にまつわる地名は全国至るところにあります。でも「月夜野」という地名のもつことばの響きやイメージほど、格別の印象をよびおこす地名はありません。

 詩人の谷川雁はこう言ってます。
   「地名とは地霊の名刺ですからね」


 以下に、志賀勝『月曼荼羅』(月と太陽の暦制作室 発行)に紹介されている全国の月にまつわる地名をあげてみます。
   
          月輪(京都)、月ヶ瀬(奈良)、三ヶ月(松戸市)、月夜野(群馬県)、
          十六夜(島根県)、月見町(富山市、新潟市)、月見(福井市)、
          月町(新潟市)、月潟村(新潟県)、上秋月(福岡県甘木市)、
          月丘町(山口県徳山市)、月島(東京都)、月見ヶ丘(宮崎市)、
          月岡(三条市)、月崎(松前郡)、つきみ野(神奈川県大和市)、
          月浦(水俣市)、三日月町(兵庫県と佐賀県)、名月(多賀城市)、
          月出(熊本市)、愛知県・静岡県境に月という村が多数ある。

    山には月山(山形県と島根県)、月夜見山(奥多摩)、半月山(栃木県日光)、
    二十六夜山(山梨県、静岡県)、月の出峠(滋賀県)、三日月山(小笠原父島)、
    月待ちの滝(茨城県太子町)、月光川(秋田県)、
    大津市に月輪町があるがこれは月輪の池に由来、京都の嵐山に渡月橋があり、
    宇治川に観月橋がある。指月(京都府)、指月山(萩市)


 みられるように月にまつわる地名はたしかにたくさんありますが、「月夜野」のような土地の観月ムードをかもすような地名はそれほど多くありません。




 平成の大合併で旧月夜野町は、みなかみ町となり、行政単位としての月夜野町はなくなりました。
 そのときの月夜野町民の失望感は、それは大変なものでした。
 ところが意外にも、その後もいたるところに「月夜野」の地名は使われ生きつづけています。
 
 全国の市町村合併にも共通していることですが、行政の無駄をはぶき効率化するための合併問題と歴史風土にかかわる地名の問題は、別の問題です。
 現に合併後も旧地名を地元の人びとが使うことを妨げないと明言している地域も少なくありません。 合併後のみなかみ町にてとっても、町を構成するそれぞれの地域の特色を打ち出すことは、今後とも重要であると考えます。

    そしてなによりも「月夜野」という地名を、地域のかけがえのない資産として活かしていく知恵をより多くの人たちと築いていきたいものです。

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 月夜野地域で月夜野という地名とともに月をテーマにする意義と視点を考えてみると、以下のようなことが思い浮かびます。

1、「月夜野」がもつ観月に恵まれた地形
      (1)、東西に迫る小高い山越しの月の魅力(三峰山、大峰山、見城山)
      (2)、町明かりを隠す河岸段丘
      (3)、利根川を北上するほどに変化する景観
      (4)、古城跡など複数のすぐれた観月スポット
      (5)、誰もがあこがれる地名、月夜野。

2、暦(旧暦)にあらわされた自然のリズムと生命 
         ・ 1年を365日とすること以外は合理性・科学性のない太陽暦
         ・ 月暦(旧暦)こそ暦の真髄
         ・ 地域の多くの行事は、旧暦でこそ意味がある。

3、月が担ってきた心の表現の豊かさ。
           ・「花鳥風月」「雪月花」   ~ 日本的な文化の源~
           ・ 月夜野にかかわる三十六歌仙の二人
           ・ 太陽(アマテラス)偏重への疑問

4、一日の半分を占める「夜」の時間の復権
           ・ 人口照明に煌煌と照らされた夜の弊害
           ・ テレビに支配され固有性を喪失した暮らし
           ・ 夜こそ「創造」の時間、(昼は消費の時間)
           ・ 月のような「仄かな明かり」こそ夜の魅力

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 ここにあげたようなことがらは、実利や効率が優先される現代の暮らしからは、どれも気にしなければそれでも済んでしまうようなことばかりですが、それだけにここにあげたようなことがらは現代にこそ大切にする意義のあることばかりです。

 それは、薄紙を一枚一枚重ねていくような活動です。

 最近、この「月夜野」という地名に惹かれてわざわざ遠くからやってきて、後閑駅に降り立った人の話しを聞きました。
 その人はとても若い方でしたが、駅周辺を少し歩いただけで期待するような風景がない日本中どこにでもあるさびれた田舎の景観であることに失望して、すぐに帰ってしまったそうです。
 これもシビアな現実です。

 すばらしい資産を持っていながら、まだそれはどこをとってもほとんど磨かれていません。

 これから皆さんとそれら薄紙の一枚一枚を大切に開きながら、時間をかけて丁寧に磨き積み重ねていけたらと思っています。

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