「月夜のタヌキ」プロジェクト

物語のいでき始めのおや 〜月夜野アーカイブ〜

「物語のいでき始めのおや」とは、竹取物語のことを指した源氏物語のなかにあることばです。私たちは、「月(ツキ)」と「運」だけで勝負できるこのまち月夜野に、たくさんの物語を育てていきます。2016年、月夜野が日本百名月に登録されたことを機に、みなかみ〈月〉の会を結成しました。

 最近、渋川で知り合った宮司さんの奥さんの紹介で古峯神社へ行ってきましたが、この神社の講がなんと月夜野にもあったということを知りました。

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 古峯(ふるみね)神社のことを、その宮司さんの奥さんは古峯(こぶ)神社と言ってましたが、一般の神社の案内では、古峯ヶ原のことは(こぶがはら)と読んでますが古峯神社は(ふるみねじんじゃ)で通っています。

 様々な説明をみるとどうも、勝道上人ゆかりの地である古峯ヶ原(こぶがはら)が本来中心の地であることから、歴史をたどると(こぶじんじゃ)と呼ぶのが自然であるのかもしれません。

 とすると月夜野にあった古峯原講は、おそらく(ふるみねはらこう)ではなく(こぶはらこう)と言われていたのでしょう。(勝手な推測ですが・・・)

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 地域にある講には、伊勢講、御嶽講、修成講、十二講、太子講、夷講、大黒講、三峰講・・・等々、実にたくさんのものがありますが、それらのなかでもこの古峯原講は、とても盛んなものだったようです。

 『古馬牧村史』には、
「講員でなくてとも、家屋を新築したり、屋根の葺替をした場合には、この社に参詣して火防を祈願するものが多い。戦前まで数人が団体で代参する風習が継続していたようである。」
とあります。

 そして次のような面白い様子が書かれています。

「本史委員小野高吉ほか1名は、十九歳のとき、血気さかんな若者についてこの神社に参詣したことがある。早朝三時出発、徒歩で勢多郡花輪に出て足尾をまわり、その日の夜十時頃古峯原神社に到着、その日うちに火防の祈祷をすませ、翌朝四時には帰途につくという強行軍のため、食事も小用も歩きながら・・・・いやどうも大変な参詣であったと同氏は述懐されていた。」




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もう少し、いまの実態についてまわりの人たちに聞いてみたいと思います。

ご近所で、もし新築や改築の話があったら、古峯原講の再現も可能かもしれません。



勝道上人のことも、ずっと前から調べなくてはと思っていたので、ふたたび意欲をかき立てるいい刺激になりました。


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参照
尊崇の神域 古峯ヶ原 古峯神社 https://osusumetochigi.wordpress.com/2012/04/30/尊祟の神域%E3%80%80古峰ヶ原%E3%80%80古峰神社/

地域の歴史を知る連続講座 第1回
渋谷浩先生講演
 真田氏と四ヵ村用水 〜四ヵ村用水の歴史と背景を語る〜

10月19日(月)午後7時から
下牧公民館にて
主催:月夜野地区まちづくり協議会


 地元で四ヵ村用水の維持管理に直接携わっている方々にも多く参加いただき、とても充実した講演会になりました。


 (録画の音声が小さいため、YouTube音声、パソコン音声を上げてご覧ください。)

                       Vol.1




Vol.2



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これは圧巻! 中学生が作った四ヵ村用水の最も正確な図

 
 

Vol.3  質疑応答ほか



次回は、
11月16日(月)7時から
講師:渋谷浩先生 
「真田氏と小松姫(入会)」
下牧公民館 2F 

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